英語ってなんだか無敵じゃないですか?

外国の方と英語で話せる人ってかっこよく見えるし、J-POPのタイトルにも英語が多いし、店名だって横文字が多いですよね。けれどもそんな無敵な英語は私にとってトラウマでしかないのです。
小学校でも授業があり習い事のランキングでも上位に君臨する英語(英会話)ですが、私の頃は小学校ではローマ字を習うだけでした。アルファベットとローマ字を理解しただけの状態で始まった中学校生活、それは長い英語との戦いの始まりでした。

勉強は嫌いではなく成績も悪いほうではなかった私ですが、英語だけはどうしてもできませんでした。予習も復習もしたし授業もまじめに聞いていたけれど英語の成績だけはどうやっても伸びませんでした。というより勉強の仕方がわからなかったと言ったほうが正解かもしれません。どの科目も勉強方法のコツがあると思っています。誰もが実践できる方法であれ、自分なりの工夫であれ、そのコツをつかむことができれば勉強がはかどると思うのです。私は中学時代には何の面白みも感じなかった古文と試験前にひたすら詰め込み暗記をするだけで知識の定着ができなかった歴史が、高校時代のたった1年で得意科目に変わりました。古文と歴史を愛してやまないそれぞれの先生と出会ったことで授業が楽しくなり、自分なりのコツを見つけることができたのです。

例えば歴史

中学の歴史の先生は作り上げられた板書で授業をしてくれました。重要語句が色分けされたカードになっていて、先生の板書をそのまま書き写すことでわかりやすくまとめられたノートになりました。試験前にはそれを暗記するだけ…だったのですがそこが盲点だったように思います。板書のすきまを埋める話を授業でするのですが、誰もがその部分は耳で聞くだけで終わっていました。ノートが素晴らしい暗記集になっていたので丸暗記すれば満点が取れるからです。しかし丸ごと暗記するのは簡単ではありません。すきまにある内容があるからこそ歴史がつながり理解も記憶もできるのです。

高校の歴史の先生は正反対でした。ほとんど板書はせず、50分の授業時間中はずっと話し続けていました。私はまず先生が話すことを余すことなく書き留めました。そのノートは殴り書き状態で私以外の人には読めるようなものではありません。そしてそこから必要だと思うことを抜き出して自分なりにまとめて清書しました。ノートには書かないすきまに埋まっている内容を理解した上で拾い上げていくので、清書を終える頃には半分くらいは頭に入っていたと思います。そして試験前にノートを見ると、ノートに書かなかったすきまの部分もよみがえってくるので暗記もしやすいのです。イメージしてみてください。学芸会で「桃太郎」をやることになり「赤鬼1」の役をもらったとします。自分の台詞だけを覚えると量も少なくて楽ですが舞台稽古になった時に台詞を言うタイミングがわかりません。でも最初に通して台本を読んで「桃太郎」の話をわかってから台詞を覚えれば台詞を言うタイミングも覚えやすくなりますよね。

こういったことが英語に関しては何ひとつわからないまま中高6年間が過ぎていきました。色々な方法を試してみたし、何度も中1からやり直そうと努力もしました。でも日本語で文法を理解しても英文で実践しようとするとわからなかったり、とにかく点数につながることはありませんでした。外国の方に道を聞かれたら答えることはできます。でも試験で得点することはできなかったのです。こうして英語は苦手で嫌いな科目となり、トラウマでしかなくなりました。トラウマゆえに子どもにも「国語や算数は教えてあげられるけど英語は聞かないでね」とずっと言っていました。

小学校5年生から英語が教科になる

そして飛び込んできたのが「小学校5年生から英語が教科になる」というニュースでした。中学生になると「算数が数学」になったり「国語に古文や漢文がプラス」されたりと学習内容そのものが難しくなります。そのタイミングでゼロから始める英語が加わるよりも、前倒しで知識が入っていたほうが子どもにとってはスムーズな学習につながるのかもしれません。

一方で親としては中学から始めても苦労する英語を小学生から始めて苦手意識がついてしまったらどうしようと不安でした。そこで今の英語の授業が楽しいと感じているうちにもっと英語に触れさせようと「オンライン英会話」を始めることにしたのです。