子どもの英語学習では、「これならきっと力がつく」と思って始めたことでも、実際には続かなかったり、子どもに合わなかったりすることがあります。
わが家でも、良かれと思って始めたものを、途中でやめたことが何度もあります。
振り返ってみると、そこには共通点が見つかりました。
親である私が、子どものためを思って先回りし、いろいろなことを決めていたのです。
今回は、わが家でやめた英語学習法を3つご紹介します。
なぜやめることになったのか、そして、やめた後に娘たちにどんな変化があったのか、実際の様子を交えながらお伝えします。
この記事の3行まとめ(AI要約)
- 親が良かれと思って選んだ教材・目標・ご褒美は、続かないことがある。筆者の家庭では、親が先回りして決めていたことが、子どもの学習意欲につながっていなかったと気づきました。
- 教材を子ども自身に選ばせたところ、取り組み方が変わった。親が良いと思うものではなく、本人が「これならやる」と思えたものが、その後の継続につながっています。
- 目標やご褒美も、親が先に決めるのをやめたことで、子ども自身が考えるようになった。合否を待つ前から自分でご褒美を考えるなど、主体的な姿が見られるようになりました。
親が勝手に決めた教材や学習内容

子どもの英語学習では、親が「これならきっと力がつく」と思って教材を選ぶことがあります。
私も娘のために良さそうな教材を選んでいましたが、実際に本人に見せてみると、思わぬ反応がありました。
本屋で「え、やだ」と言われた日
ある日、長女と一緒に買い物へ出かけ、本屋に立ち寄りました。
英語教材のコーナーで、私はさまざまな教材を内容や使いやすさなどから比較し、娘に合いそうなものをいくつか選びました。
会計前に長女に見せてみると、
「え、やだ」
さらに、
「絵がかわいくない」
と言います。
そして、
「まぁでも、別に、ママが適当に決めていいよ」
と、投げやりな返事。
そのまま好きなシールやメモ帳の売り場へ走っていってしまいました。
私はその様子を見て、少し嫌な予感がしました。
このまま私が選んだ教材を買って帰っても、最初は取り組むかもしれない。
でも、「自分がやりたい」と思って選んだものではないので、途中でやらなくなるのではないか。
そんな未来が頭に浮かびました。
そこで、その日は教材をすべて売り場に戻し、何も買わずに帰りました。
「これならやる!」に変わった
後日、改めて長女に「一緒に選びに行こう」と声をかけました。
今度は私が候補を絞ってから見せるのではなく、長女自身にじっくり選んでもらうことにしました。
すると、長女が手に取ったのは、私が最初に期待していた出版社の教材とは違うものでした。
正直、私は
「うーん…これでいいのかな」
と少し迷いがありました。
私が良いと思っていたものとは違いましたし、英語学習という視点では、別の教材のほうがよいのではないかとも思いました。
ところが、長女はその教材の表紙や挿絵がとても気に入ったようで、
「これならやる!」
と即答したので、その教材を購入することにしました。
すると、家に帰ってからの取り組み方は、それまでとは違っていました。
声をかけなくても教材を手に取り、なんとなく挿絵を見たくてパラパラとページをめくっています。
そのうちに、「やってみるか」といった感じで、自然と取り組み始めるようになりました。
さらに、
「次に受けるときも、同じシリーズがいい」
と言いました。
私が最初に選んだ教材ではなく、長女自身が選んだ教材です。
英語の内容だけを見れば、私が「こちらのほうが良さそう」と思うものはありました。
それでも、本人が「これならやる」と思えたことが、その後の取り組み方につながったのだと思います。
先に目標を決めて、そこに向かって頑張る

英語学習では、目標を決めて、そこに向かって頑張ることが大切だと思っていました。
長女が英検5級に合格したときも、私はその勢いのまま4級へ進めるつもりでした。
「このまま4級に進もう!」が逆効果に
合格発表からまもなく、私は長女に、
「このまま4級も受けよう!きっと受かるよ」
とはりきって声をかけました。
ところが、長女は見るからに不機嫌になり、
「えーーー」
と嫌そうな反応。
さらに、
「無理無理、やらないから」
とはっきり言いました。
私は内心、「せっかく5級に受かったのに」「継続こそ力になるのに」と思っていました。
でも、ここでいくら言っても平行線になりそうです。
衝突しても良い結果にはならないと考え、そのときはいったん引きました。
しばらくして、5級合格のお祝いも終わった頃、改めて「4級を受けるのはどう?」と聞いてみました。
すると、
「またあれやるのか~」
と渋々ながらも、最初のときより表情も明るく、少し前向きな反応でした。
そして、
「来月からね。会場は同じところがいいなあ…」
と。
「試験会場は選べないからなあ。でも、同じところならラッキーだね。慣れてるしね!」
そんなやり取りをして、翌月から4級対策を始めることになりました。
最初は親のタイミングで「今すぐ」と思っていたことを、少し待ってみたら、長女自身が「来月からなら」と決めることができたのです。
目標をいったん手放した結果
4級を受けることが決まると、私はまた先のことまで考えてしまいました。
「4級に合格したら、その1年後くらいに3級を受けよう」と、3級を受ける時期まで長女に伝えていたのです。
すると、ここでも猛烈な反発がありました。
「それなら4級も受けない」
その言葉を聞いて、私は「またやってしまった」と思いました。
5級のときに、すぐ次の目標を押しつけるとうまくいかないとわかったはずなのに、今度はさらに先の目標まで決めてしまったのです。
現在、長女は英検対策をいったんお休みしています。
その代わりに、中学1年生の英語学習をライティング中心に細々と続けています。
目標を持つこと自体が悪いわけではありません。
ただ、親が先に決めた目標を追わせることと、子ども自身が「やってみよう」と思えることは、同じではないのだと感じています。
親がご褒美を用意する

子どもが取り組みやすくなるならと、わが家でもご褒美を実際に試してみました。
「◯◯あげるから」を取り入れたことも
以前のわが家では、低学年の頃、宿題に取り組むきっかけとして、ご褒美を用意することを数回試したことがあります。
「これをやったら〇〇買ってあげる」というように、学習の後に楽しみを用意する方法です。
ご褒美があることで取り組みやすくなることもありましたが、私はその頃から、どこかモヤモヤしていました。
「何かをもらうためにやる」という形を続けることに、違和感があったからです。
また、親がその都度ご褒美を考えることも、長く続ける方法ではないように感じました。
そこで、わが家ではご褒美を学習の習慣にはしませんでした。
ご褒美を自分で考えるようになった
ご褒美を親が用意することをやめたからといって、「頑張ったら何かしたい」という気持ちまでなくなったわけではありませんでした。
それを感じたのが、長女が英検を受験した後のことです。
まだ合否が分かっていない時期に、長女が、
「合格したらお祝いにパンケーキ食べに行きたい」
と言いました。
さらに、
「3級受けるとしたら……何にしようかなぁ」
と、次のことまで考えていました。
一見すると、これも「ご褒美が欲しい」という話に聞こえます。
けれど、以前とは少し違うように感じました。
親が「合格したら〇〇を買ってあげるから」と、学習の後の楽しみを用意していた頃に対して、今は長女自身が、頑張った先に何をしたいのかを考えています。
それは、大人が仕事を頑張った後に、「久しぶりの休みだから、自分へのご褒美においしいものを食べよう」と考える感覚に近いのかもしれません。
親から与えられるご褒美ではなく、自分で自分の楽しみを考えている。
その姿を見て、私は、ご褒美をやめたことで「ご褒美そのもの」がなくなったわけではないのだと思いました。
むしろ、自分が頑張ったことを自分で認め、その先の楽しみまで自分で考えるようになってきたのかもしれません。
まだ小学生なので、何でも自分で考えて行動できるわけではありません。
それでも、以前のように親が楽しみを用意しなくても、自分なりに「頑張ったらこれをしたい」と考えるようになったことは、わが家にとって大きな変化でした。
まとめ|やめたからこそ見えてきた、娘たちの姿
3つとも、そのときの私は「子どものため」と思って真剣にやっていました。
良い教材を選び、目標を決め、ご褒美を用意する。どれも、英語を続けてほしいという気持ちからです。
もちろん、小学生の学習には親のサポートが必要です。
どこまで親が決め、どこから本人に任せるのか。
そのさじ加減は、今でも悩んでいます。
3つをやめるときは、毎回「これをやめて大丈夫かな」と思っていました。
ところが、やめた後も娘たちは英語をやめませんでした。
「これならやる」と教材を選び、「来月からなら」と自分で決め、「合格したらパンケーキ食べに行きたい」と楽しみまで考えていました。
親が用意したものをやめたら、何も残らないと思っていた私には、それが一番意外なことでした。
うまくいかなかったから、やめた。
そして、やめてみたからこそ見えてきたものがありました。
