子どもにとって「言葉を学ぶこと」は、単なる知識の積み重ねではありません。
「言葉」は、安心できる場所で、信頼できる人とともに育っていくものです。
近年、英語教育やバイリンガル育児への関心が高まり、保育園や家庭でも「早期に英語を触れさせたい」と考える方が増えています。しかし、その前提にあるのは 心の安定と非認知能力の育ち です。
言葉と心は同時に育つ
以前、私が担当した3歳児クラスで、こんな出来事がありました。
ある子は人見知りが強く、日本語でも自分の思いをなかなか言葉にできませんでした。ところが、毎日の保育の中で「気持ちを絵で表す活動」や「先生がそばで気持ちを代弁する関わり」を続けていくうちに、少しずつ「いや」「うれしい」と声に出せるようになっていったのです。
この子が英語の歌遊びにも挑戦したのは、「自分の気持ちを受け止めてもらえている」 という安心感があったからでした。
心が育つと同時に、言葉も育っていく。これはどの子にも共通する姿です。
非認知能力とことばの土台

教育心理学で注目される「非認知能力」。これは、数や文字の知識ではなく、感情のコントロール力、やり抜く力、協調性 といった見えにくい力です。
子どもがことばを覚えて使えるようになるとき、大切なのは「単語の数」や「勉強の量」だけではありません。実は、見えにくいけれどとても大事な「非認知能力」という力が、ことばを育てる土台になっています。
1. 気持ちを表す力
子どもはまず、自分の気持ちを知り、表すことから始めます。
「うれしい」「いやだ」「かなしい」などの感情を安全に出せると、それに合うことばを覚えていけます。逆に、不安や緊張が強いと、ことばがなかなか出てこないこともあります。
2. 失敗しても挑戦できる力
ことばを学ぶとき、最初から上手に話せる子はいません。英語でも日本語でも、間違えながら覚えていきます。大事なのは「もう一回やってみよう」と思える気持ちです。これがある子は、少しずつことばを増やしていけます。
3. 人と関わる力
ことばは「人とつながるための道具」です。友だちに気持ちを伝えたい、先生に話したい、という思いがあると、子どもは自然にことばを使おうとします。人と関わりたい気持ちが、ことばの大きな原動力になるのです。
4. 「自分は大切にされている」という安心感
安心できる環境の中で「自分は大切にされている」と感じられると、子どもは自分に自信を持ち、「やってみたい」と思えるようになります。これはことばを伸ばす力にもつながります。
安心できる環境が英語の入り口に

4歳児のクラスで英語の歌を流したときのこと。最初は聞くだけだった子も、友だちが手を叩いて楽しそうにしている姿を見て、少しずつ口ずさむようになりました。
また、英語絵本を読むとき、意味が分からなくても先生が表情豊かにジェスチャーを交えて読むと、子どもたちは大笑い。
「英語って楽しい」「わからなくても安心して楽しめる」と感じることが、次のステップにつながるのです。
ここで大切なのは、「英語を教えること」ではなく「英語を楽しむこと」。
安心感があるからこそ、子どもは「やってみたい」と思えるのです。
保育における具体的な工夫

感情をことばにする関わり
- 子どもが泣いたとき:「悲しかったね」「転んでびっくりしたんだね」と気持ちを代弁する。
- 喜んでいるとき:「とっても楽しいね」「うれしい気持ちだね」と肯定的な表現で返す。
➡ 感情をことばにしてもらう経験を重ねることで、子ども自身がことばで感情を表しやすくなります。
安心できる「まちがえてもいい環境」づくり
- 英語の歌を歌うとき、発音が違っても「いいね!」と受け止める。
- 日本語でも言い間違いがあれば「そう言いたかったんだね」と共感してから正しい言葉を伝える。
➡ 間違えても安心できる雰囲気が、挑戦心ややり抜く力につながります。
遊びを通じたことばの体験
- ごっこ遊び:「いらっしゃいませ」「ください」「ありがとう」など、自然にことばを使う場面をつくる。
- 英語遊び:「Red ball! 」「Jump! 」など簡単な英語をゲームに取り入れる。
➡ 遊びの中なら、ことばを「使ってみたい」と思う気持ちが自然に生まれます。
子ども同士のやり取りを支える
- けんかになったとき、先生が「〇〇くんはこう言いたかったんだね」とことばを補い、相手に伝わるように手助けする。
- 友だちに「いっしょにやろう」と声をかける場面を促す。
➡ 社会性や協調性を学びながら、ことばを使う力も伸びていきます。
小さな挑戦を積み重ねる体験
- 発表や劇遊びで「一言だけ言う」役をつくる。
- 英語の歌で「hello」だけ担当させるなど、成功体験を意図的に用意する。
➡ 成功体験が「やってみよう」という気持ちを育て、言葉の発達を後押しします。
保育士自身がことばのモデルになる
- 毎日のあいさつを丁寧にする。
- 英語も日本語も、楽しそうに声に出す。
➡ 子どもは「先生が楽しそうに話している」と感じると、安心してまねをするようになります。
家庭でできる“安心ベース”の英語との関わり方

保育園だけでなく、家庭でも「安心」をベースにすれば、英語は自然と身近な存在になります。特別な教材がなくても、日常の中で取り入れられる工夫を5つご紹介します。
英語の歌を「生活のBGM」にする
子どもが安心できるのは「おうちのリズム」の中。
おやつの時間や寝る前に、英語の子ども向けソングを流すだけで十分です。
会話例
一緒に歌えたら「ナイス!」と笑顔でほめるだけで安心感が広がります。
日本語で気持ちを受け止めてから英語に触れる
まず日本語で気持ちを共感することが大切。その後で英語を添えると自然に吸収できます。
会話例
先に日本語で安心感をつくり、あとから英語を添えるのがポイント。
親子で一緒に「まねっこ」する
子どもは大人の楽しむ姿に安心します。大げさに言うと、真似っこしやすくなります。
会話例
ちょっとオーバーに楽しむと、子どもも笑顔でついてきます。
英語絵本は“理解より雰囲気”を楽しむ
意味がわからなくても、絵を指さしながらやりとりするだけでOK。
会話例
日本語と英語が混ざっても大丈夫。「楽しいやりとり」が一番の学びです。
英語は「できたこと」をほめる
「正しく言えたか」よりも「チャレンジできた」ことを認めてあげましょう。
会話例
褒められる安心感が、次の「もう一度言いたい」につながります。
まとめ
英語も日本語も、子どもにとっては「世界とつながるための道具」。
その道具を安心して手にできるのは、自分が大切にされている と感じられる環境の中です。
だからこそ、保育の役割は「英語を教えること」以上に、
- 子どもが安心できる空気をつくる
- 失敗しても大丈夫と思える経験を積ませる
- 言葉を通じて「心も育つ」瞬間を大切にする
ということにあります。
安心感という土台の上で、英語も日本語も、そして子どもの心も、豊かに育っていくのです。
