通信技術や交通手段が飛躍的に発展した今、これまでの国や地域の枠組みを超えて、ものごとを「地球」規模で見る・考える時代になりました。こうしたグローバリゼーション(globalization)の流れを受けて、日本でも英語教育の必要性がいっそう高まっています。
しかし残念ながら、明治時代から続いてきた「日本式英語教育」は読み書きに大きな比重が置かれていて、口語でのコミュニケーションにおいては<英語に自信がない>ひともまだまだ多いのではないでしょうか。英語のネイティブスピーカーではなくても、必要な意思疎通ができるという基準からすると、他国に大きく遅れをとっているのも事実といえるでしょう。
それでは、英語国民ではない、”ノンネイティブ”の国ぐには、どのように英語教育を行なっているのでしょうか?
この記事では、非英語圏としては高い英語能力をもつといわれるオランダを取り上げ、歴史や文化をひも解きながら、その秘密を考えてみたいと思います。
英語を第二外国語として学習するオランダの教育
国名
オランダの正式な名称は、ネーデルラント王国(Kingdom of The Netherlands)といいます。「ネーデルラント」(オランダ語でNederlanden)は「低い土地」を意味します。
「地球は神がつくったが、オランダはオランダ人がつくった」(While God created the Earth, the Dutch created the Netherlands)ということばがある通り、干拓によって国土を広げてきた歴史があり、現在も国土の約4分の1は標高0m以下の低地にあります。
英語での名称
英語では The Netherlandsと書くのが一般的ですが、他の国はしばしばオランダをHollandとよびます。これは、オランダ西部にあるホラント地方が伝統的に政治・経済の中心になってきたからで、日本語の「オランダ」もこれが語源になっています。
かつてのホラント州は、1840年に「北ホラント州」(首都アムステルダム、州都ハールレムなど)と「南ホラント州」(州都ハーグ、ロッテルダムなど)に分かれています。
Dutchを使った表現
もうひとつ、英語には「オランダ人」「オランダ語」を指すDutchという語もあります。古くはドイツ・オランダのゲルマン民族を指すことばだったそうですが、現在はオランダを示し、形容詞として「オランダの」という意味もあります。
イギリスは、新興国のオランダと海上の覇権を争った時期があるため、Dutchにはよくない意味合いが含まれることもありますが、このような表現があります。
go Dutch 割り勘にする
Dutch auction せり下げ競売
Dutch courage 酒の上の空元気
Dutch treat 割り勘
Dutch uncle 率直な助言者
知らないと、つい日本で使っている国名「オランダ」を、英語でも使ってしまいがちですが、やはり正しい表現を覚えておきたいものです。次の記事では、「オランダ」「オランダ人」の英語での言い方を紹介しています。
日本とのつながり
オランダと日本のかかわりは、1600年にオランダ船が豊後(現在の大分県)に漂着したことにさかのぼります。
江戸時代になると、徳川家康はオランダ船に興味をもちます。1609年にはオランダに通交許可朱印状を与え、長崎の平戸にオランダ商館を設置することを許しました。これが本格的な通商関係の始まりです。
1635年に江戸幕府が海外への渡航を禁止し、1639年にはポルトガル船の来航を禁止して鎖国政策が完成した後も、オランダはキリスト教を広めないという条件を受け入れ、やはり貿易を続けた中国は別にすると、ヨーロッパでは唯一、日本との交流を保ちました。
オランダから伝えられたもの
1641年にオランダ商館が平戸から出島に移されてからも、オランダ船は来航を続け、日本はオランダを通じてヨーロッパの時計やめがね、望遠鏡、銃器各種、ガラスの器などの珍しい文物を輸入します。「オランダ」の名のつく舶来品は、その多くがヨーロッパのものです。
オランダ鏡 虫眼鏡、望遠鏡のこと
オランダ細工 ガラス細工のこと
オランダ漬 南蛮漬けのことで、揚げた魚を合わせ酢につけた料理のこと
江戸時代の日本では、ものと同時に、語学や医学、化学、天文学などの書物を通じてヨーロッパの先進的な知識を得ます。こうした学問は、一般には「蘭学」とよばれましたが、オランダを経由して伝えられた、ヨーロッパの学問のことです。
また、限られた国として交流をもたなかった日本にとって、オランダは世界情勢を知る世界の窓でした。オランダ船が来航の際にもたらす「オランダ風説書」は海外情勢ニュースで、オランダに有利に作られていた側面はあるにしても、江戸幕府の海外政策に影響を与える情報源のひとつでした。
ペリーの来航を機に、アメリカの軍事的な脅威を目の当たりにした江戸幕府は、1854年に日米和親条約を締結します。ヨーロッパ各国と通商関係をもつようになるまでの、およそ200年以上にわたって、オランダは日本が唯一交流を続けたヨーロッパの国でした。
オランダ語から日本語になった言葉
日本に西洋の文物を伝えたオランダが、いかに大きな存在だったかは、現在でも身近な外来語として、オランダ語が多く残っていることからも想像できます。
エレキテル(電気) オランダ語のelektriciteitから/英語ではelectricity
おてんば オランダ語のontembaarから/英語ではtomboy
オブラート オランダ語のoblaatから/英語ではwafer; wafer paper
オルゴール オランダ語のorgelから/英語ではa music box(アメリカ)、またはa musical box(イギリスなど)
コーヒー オランダ語のkoffieから/英語ではcoffee
コップ オランダ語のkopから/英語ではcup
ビール オランダ語のbierから/英語ではbeer
ブリキ オランダ語のblikから/英語ではtinplate
ポン酢 オランダ語のponsから ※果汁入りのカクテルのこと
レッテル オランダ語のletterから/英語ではlabel
ところで、英語で「おてんば」はどのようにいうのでしょうか? 次の記事では、この項で紹介したtomboy以外に、類似の表現を紹介しています。
オランダの言語
オランダの公用語はオランダ語です。北部のフリースラント州では、フリジア語も公用語として認められています。
オランダ語はオランダ全土に加えて、ベルギーの北部でも使われています。
オランダ語が、同じゲルマン系の言語であるドイツ語にも似ています。このため、ドイツ語を話せるひとは、だいたいオランダ語を理解でき、オランダ語を話すひとは、ドイツ語を知らなくてもおおよその見当がつけられるという話です(日本でいうところの「方言」による違いのようなもののようです)。
オランダ語と英語
オランダ語の文法は英語に似ているところから、学習しやすい言語ともいわれますが、発音は英語とはかなり違うようです。
江戸時代の日本は外国との交流を制限していましたが、先述の通り、オランダとの交流は続けていました。西洋の学問を学ぶにはオランダ語に通じている必要があり、「蘭学」を志すひとびとが私塾で学びました。のちに慶応義塾大学を設立する福沢諭吉は、長崎で蘭学を学び始めたあと、大阪の適塾で勉強を続け、優秀な成績によって塾頭になります。
しかし、横浜で出会った外国人にオランダ語で話しかけてもまったく意思の疎通ができなかったことに衝撃を受け、以後は英語の勉強に力を注ぎました。つまり、オランダ語と英語は、ドイツ語とオランダ語ほどには近くないということでしょう。
さて、オランダの国民の4分の3は2か国語を話すことができ、3、4か国語を話せるひとも多いとされます。
全人口の90%以上が英語で会話することができ、ドイツ語が71%、フランス語が29%というデータがあり、そこからも想像できる通り、オランダ語に加えて第2、第3の外国語を使えるのが当然と考えられている国なのです!
オランダの教育
さて、このように英語力世界トップのオランダの教育事情はどのようになっているのかをご紹介したいと思います。
自由の国
オランダは2019年の「世界幸福度報告」では世界5位、2020年の「積極的平和指数」では世界7位であり、経済的自由、報道の自由、人間開発指数、クオリティ・オブ・ライフの最上位国のひとつです。
オランダは、ローマ帝国が崩壊した後、さまざまな国の領土に組み込まれてきました。現在のオランダは、16世紀に「八十年戦争」(1568~1648)とよばれる、ネーデルラントの諸州がスペインに対して起こした反乱に起源があります。
カトリックのスペイン王は、ネーデルラント地方で広まっていたプロテスタントを厳しく弾圧しました。人びとはスペインからの独立を求めて戦い、独立後も「自由」は尊重されるべきという価値観が保持されています。
移民を多く受け入れているオランダで、多文化共生を意識した政策が採られているのも、「自由」を勝ち取ったオランダのこうした歴史とかかわりがあります。
憲法で保障された「教育の3つの自由」
オランダは憲法で、「教育の3つの自由」が保障されています。「教育の3つの自由」とは
1.学校設立の自由
2.教育方針の自由
3.宗教や理念の自由
の3つの自由を尊重する考え方で、およそ200人の生徒が集まれば、市民も学校をつくることができ、自治体が校舎を用意することになっています。
オランダの教育を評して「100校あれば100通りの教育がある」ということばがある通りで、教育カリキュラムや教材の選択、授業の形態は学校が自由に決められます。約1割がオルタナティヴスクール(新しい流れの教育)で、モンテッソーリ、シュタイナー、イエナプラン、ダルトンなどの教育法を取り入れた、それぞれに特徴をもつ学校があって選択肢は豊富です。
小学校の段階で身につけておくべき学力は「中核目標」として示されているので、12歳の段階で行われる全国一斉テストのCITOで達成度を測り、その後の進路を決めます。
(参考:佐藤智「『100校あれば100通りの教育がある国』オランダ 日本が学べるものは?」朝日新聞EduA 2020年5月6日公開)
オランダの教育制度
オランダの初等教育は、日本の小学校に当たる「基礎学校」で8年間(4〜12歳)受けることになっていて、小中一貫教育ということができるでしょう。先述の通り、12歳の段階で行われる全国一斉テストCITOの結果によって、おおよそ3つのなかから進路を選択します。
- VMBO:中等職業教育 (12~16歳の4年間)
- HAVO:一般中等教育 (12~17歳の5年間)
- VWO:大学準備教育 (12~18歳の6年間)
進路は、本人の成績や将来を考えて選ぶことになりますが、どの学校にも「基礎教育課程」が導入されているので、途中で将来の方向性を変えることも可能です。
その後それぞれに
- VMBO:中等職業教育機関(1~4年)
- HBO:高等職業教育機関(1~4年)
- WO: 研究大学(3年以上)
などに進み、Job-marketといわれる労働市場で活躍できる人材が産み出されていきます。
オランダの義務教育
オランダの義務教育の期間は5歳から16歳で、初等教育から中等教育までに当たります。
教育費は、公立・私立の別を問わず無料です。初等教育段階でも学区はなく、教育理念や宗教観、教育法などによって独自のカリキュラムをもつ、さまざまな学校のなかから自由に選択することができるます。
バイリンガル教育
オランダは国を挙げてバイリンガル教育に取り組んでいます。法律では、遅くとも10歳(7年生)には英語の授業を開始しなければならないと定められています。
とりわけ英語教育を主とするVVTO*という低年齢の子どもに外国語教育をする学校があり、小学1年生から外国語教育を導入しています。
*VVTO 早期外国語教育ーオランダのVVTOでは早い段階から外国の授業があります。
例として、1年生から英語、フランス語、スペイン語を選ぶことができるEuropa Schoolというユニークな学校があります。イギリスの国際プログラムIPCプログラムを採用し、テーマに沿ってグループでリサーチをするという学習法を行なっています。
小学校の授業時間
オランダでは、小学校の8年間で合計7520時間、学校に通うことが厳しく義務づけられています。学校の休暇は国が事前に設定していて、学校が学年中に他の休暇を設定することはできません。しかし、学校経営者がこの出席時間を分割することはできるので、学年が上に上がるにつれて、多く時間を設定したりすることもできます。
飛び級や落第がある
オランダの学校では、子どもの能力に応じた課題や指導が考えられています。
学業成績が優秀な生徒は「飛び級」をすることもでき、彼らの思考や能力に合った、高度な課題を与える「Day a Week School(週に一度の学校)」に通わせるなどのサポートもあります。
一方、目標とする学力に達しなかった生徒には、義務教育期間でも落第があります。学校のカリキュラムに応じて、きちんと理解してから次の段階に進級させるという方向で指導していくので、わからない子はほったらかし、ということではありません。
オランダの英語教育
2か国語以上を話せるのが当たり前、15歳以上の94%がバイリンガルというオランダ。
そんなオランダでの英語教育はどのようなものなのでしょうか?
英語教育は5歳から始まる
学校での英語教育は、9歳までは任意とされています。しかし、オランダのほとんどの小学校が、1年生のときから英語を第一外国語として導入しています。英語教育は10歳から始めることが定められています。
英語教員のレベルが高い
ヨーロッパには、外国語の習得状況を示す指標として「ヨーロッパ言語共通参照枠」(Common European Framework of Reference for Languages:CEFR、読み:セファール)があります。異なる言語が多数存在するヨーロッパで、それぞれの言語の運用能力を示す尺度として2001年に欧州評議会が発表したもので、外国語教育などで広く活用されている国際基準です。
CEFRには「A 基礎段階の言語使用者」「B 自立した言語使用者」「C 熟達した言語使用者」の3つのレベルと、さらに細分化したA1~C2までの6段階があります。
このうち、オランダで小学校の教員教育コースに入学するためには、CEFRのB2「実務に対応できる者・準上級者」レベルが必要です。これは、日本の実用英語技能検定(英検)で表すならば準1級に相当し、職業や学問の上で流暢に英語を用いることができるとされるレベルです。
日本の学校では、英語が話せない教員が英語の授業をすることがありますが、オランダの学校の英語の授業はすべて英語で行われる点で大きな違いがあり、オランダの教員の英語レベルはかなり高いといえます。
授業内容が自由で楽しい
オランダには12歳までに到達すべき学力の目標はありますが、国が決めたカリキュラムや教科書はありません。
授業は、それぞれの学校の教育理念や教育法で行われ、特に低学年では「とにかく楽しい」授業をしているのが特徴といえます。
子どもたちは、歌ったり踊ったり、Youtubeなどを使って英語のポップソングを歌ってみたり、大きな声を出して音読をしたり(学習意欲を向上させるといわれ)、シャドーイング(英語の音声をまねて発音する訓練)をするなど、生き生きと授業に参加しています。
オランダの英語学習は、まず耳から入った英語を理解し、口に出してみることから始まり、英文法などを小さな子どもにたたき込むようなことはしません。
オランダでは「英語でどう表現するのか」「英語で自分の意見をどう伝えるのか」など、自分の生き方にも関わっていく、「生きた英語教育法」があるといえるのではないでしょうか。
到達レベルの目安
オランダの子どもは、12歳までにCEFRのA1-A2レベルに到達することが目標とされています。
- A1 「学習を始めたばかりの者・初学者」レベル 日常表現や基本的な言い回しを理解し、用いることができる。
- A2 「学習を継続中の者・初級者」レベル 自分の背景や身の回りの状況、日常的な範囲ならば言葉で表現でき、情報交換できる。
先述の日本の実用英語技能検定(英検)では、A1は英検3級程度、A2は準2級レベルに相当します。つまり、オランダの子どもたちは、12歳までに英語での日常会話ができるレベルに達するということになります。
”groove.me”メソッドの導入の話
オランダの多くの小学校が導入している「groove.me」は、おもに人気ポップソングを題材に英語を学ぶという教授法です。
人気の歌の歌詞を読んだり、書いたり、あるいは話したり、歌ったりします。
すべての教材はデジタルでダウンロードすることも可能で、曲ごとにワークシート、レッスンプラン、歌詞、フラッシュカードなどの教材が簡単に入手できます。
授業ではダンスやゲーム、ディスカッションなどが行われます。子どもたちは、実際に英語を使って楽しみながら単語や文法、会話や読み書きを習得し、カラオケなどで表現するレッスンなどもあり、非常に興味深いメソッドだといえるでしょう!
まとめ
国民の94%が英語を話し、3か国語、4か国語も話すひとが多いというオランダ。オランダのひとびとにとって、英語を話すことはなにも特別なことではなく、生活や仕事の上でごく普通に英語が使われています。背景には、ひとりひとりの能力を引き出そうとするユニークな教育法があります。
オランダは教育だけでなく、宗教や法律などの面から見ても、自由を尊び、どんどんと新しいものを取り入れてアップデートしていく、柔軟な国民性があります。オランダが幸福感の高い国とされる理由のひとつには、このような特徴もあるのではないでしょうか?
ひとりひとりが自分の生き方を見つけ出すための手助けを国が支援する上で、オランダの革新的な英語教育法が大きく関わっていることは間違いないでしょう。
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