北欧神話の中でもひときわ輝く存在、それが光を象徴する神「バルドル」です。神々からも人間からも広く愛された存在でありながら、悲劇的な最期を迎えることで、神話全体の転換点となる重要な役割を果たしました。今回はそんな「バルドルの神話」の世界を英語での解説も交えて紹介します。

バルドルとは?光と純粋さの象徴

バルドルとは?光と純粋さの象徴

バルドルは、アース神族に属する神で、世界に光をもたらす存在です。その容姿は神々の中でも群を抜いて美しく、光り輝いていました。一方で優柔不断な一面もありますが、彼の裁きは公正そのものでした。まさに「完璧な神」として崇拝され、誰からも愛されていました。
彼は万物の神オーディンと女神フリッグの息子であり、その存在は神々の間でもとりわけ大きな意味を持っていました。バルドルの存在があることでアース神族は調和を保っており、彼の死が神々の世界に破滅をもたらすことになるとは、当初は誰も想像しなかったのです。

家族関係と神々の絆

バルドルには、盲目の弟ヘズがいます。彼は兄を深く敬愛していたものの、ロキの策略によって悲劇の引き金を引くことになります。また、バルドルには美しい妻ナンナがいて、二人は深い愛情で結ばれていました。彼女は夫の死に耐えられず、後を追うように亡くなったと伝えられています。

彼らの息子は「和解と正義の神」フォルセティであり、バルドルの公正さは彼を通じて神々の世界に受け継がれます。バルドルと息子のフォルセティが「調和と平和」の象徴として描かれているのです。

バルドルの神話エピソード

バルドルの神話エピソード

1. 死の予兆と母の願い

ある日、バルドルは自らの死を予感させる不吉な夢を見ます。心配した母フリッグは、世界中のすべての存在に「バルドルを傷つけない」という誓いを立てさせました。石、鉄、木、水、動物、病などあらゆるものがこの誓いを守ることを約束し、バルドルは無敵の存在となります。
しかし、唯一フリッグが「幼すぎて無害」として誓わせなかったものがありました。それが「ヤドリギ(宿り木)」でした。この小さな抜け穴が、後に大きな悲劇を招くのです。

英語での説明

Balder had bad dreams about dying. His mother Frigg made everything promise not to hurt him, but she didn’t ask the mistletoe because it seemed too young and harmless.
(バルドルは死ぬ悪い夢を見た。母フリッグはすべての物にバルドルを傷つけないと約束させたが、ヤドリギは若すぎて無害だと思ったので頼まなかった。)

2. ロキの策略とヘズの過ち

悪戯と混沌の神ロキは、バルドルの無敵さに嫉妬し、その誓いの中に一つだけ例外があることを突き止めます。ロキはヤドリギから槍を作り、盲目のヘズをそそのかして、バルドルに向けて投げさせました。無邪気に兄との遊びだと思って槍を投げたヘズ。
ヤドリギの槍はバルドルの胸を貫き、彼は即死します。神々の間には言葉にできない衝撃と悲しみが走り、光の神が没すると世界は一瞬にして暗く沈みました。

英語での説明

Loki, the god of tricks, was jealous and found out about the mistletoe. He made a spear from it and tricked the blind god Hod into throwing it at Balder and Balder died.
(悪戯の神ロキは嫉妬し、ヤドリギだけが約束していないと知った。彼はヤドリギで槍を作り、盲目の神ヘズを騙してバルドルに投げさせ、バルドルは死んだ。)

3. 神々の嘆きと復活への試み

バルドルの死を受けて、神々はなんとか彼を取り戻そうとします。オーディンの使者ヘルモーズが冥界「ヘルヘイム」へ向かい、死の女神ヘルに取引を持ちかけます。ヘルは「世界中のすべての存在が涙を流すのであれば、バルドルを返そう」と条件を出します。
神々、人間、動物、自然、あらゆるものが涙を流しました。けれども、たった一人、涙を拒否した存在がいました。それは巨人の女であるセックでした。実はこのセックの正体は変身したロキで、わざと涙を流さなかったのです。これによって、バルドルの復活は叶いませんでした。

英語での説明

The gods were very sad and tried to bring Balder back. Odin’s messenger Hermod went to the underworld and asked the goddess Hel to return him. Hel said she would if everything in the world cried for him.
(神々はとても悲しみ、バルドルを生き返らせようとした。オーディンの使いヘルモーズは冥界へ行き、女神ヘルに彼を返すよう頼んだ。ヘルは世界のすべてのものが彼のために泣くなら返すと答えた。)

Everything cried, but a giantess named Thokk refused. Thokk was Loki in disguise, so Balder couldn’t come back.
(すべてのものが泣いたが、ソックという名の女巨人が拒否した。ソックは変装したロキで、そのためバルドルは戻れなかった。)

4. バルドルの葬儀とラグナロクの前兆

バルドルの遺体は巨大な船「フリングホルニ」に安置され、火葬されました。妻ナンナは夫であるバルドルの死に対する悲しみのあまりに心臓が張り裂けて亡くなってしまったのでした。そのナンナの遺体は夫のバルドルの遺体とともに船に乗せられて葬られます。船が火に包まれて海に沈む光景は、神々にとって最大の喪失を意味していました。
バルドルの死は光の喪失を意味し、やがて訪れるラグナロクの前兆でもありました。

英語での説明

Balder’s funeral was held on a big ship, and his wife Nanna died of sadness and was burned with him. His death was a loss of light and a sign of Ragnarok.
(バルドルの葬儀は大きな船で行われ、妻のナンナは悲しみで死に、彼と一緒に焼かれた。彼の死は光の喪失であり、ラグナロクの前兆だった。)

死と再生 ― 新しい世界への希望

バルドルの死は、ラグナロクという世界の終末を引き起こす出来事でした。しかし神話はそれだけで終わりません。ラグナロクによって多くの神々が滅びた後、バルドルは冥界から戻り、新しい世界を統べる存在として再登場するのです。
この神話構造は、死と再生、破壊と創造というテーマを強く反映しており、バルドルの存在そのものが「終わりの希望」「救済の光」としての意味を持っているのです。

英語での説明

Balder’s death started Ragnarok, the end of the world for the gods. But after many gods died in Ragnarok, Balder returned from the underworld to rule the new world.
(バルドルの死は、ラグナロクという神々の世界の終わりを引き起こす出来事でした。しかし、ラグナロクで多くの神々が滅びた後、バルドルは冥界から戻り、新しい世界を支配する存在として再び現れます。)

まとめ:光と希望を宿す神、バルドル

バルドルの物語は、北欧神話の神々の中でも異質な存在です。唯一死後に蘇ることができた神。また光を司るということで、北欧神話の世界では必要不可欠な存在でした。それゆえに、バルドルの死はアースガルズの終焉とも言えました。しかしその死は終焉ではなく、新たな秩序と再生への幕開けでもありました。
バルドルは、ただの神ではありません。彼は北欧神話における「光の源」であり、「終末の先にある新しい秩序」の象徴なのです。

参考記事:Wikipedia