日本の英語教育の現場や保護者の間には、「ネイティブのように発音できることが英語のゴール」という考え方が根強くあります。いわゆる「ネイティブ信仰」です。
もちろん、美しい発音や流暢さは望ましいものです。しかし、それらは“英語力のすべて”ではありません。

特に子どもの英語習得においては、ネイティブのように話すことよりも、相手に伝えたいことを伝える「コミュニケーション力」を育てることの方が、何より大切です。

本記事では、発音コンプレックスを抱えがちな親の不安にも寄り添いながら、「子どもにとって本当に必要な英語って何だろう?」という視点で、英語の本質をお伝えします。

「伝わる英語」は発音よりも構造と意図で決まる

「伝わる英語」は発音よりも構造と意図で決まる

世界の多くの場面では、「ネイティブ同士の英語」よりも、「第二言語として英語を話す人同士の英語」が主流です。
つまり、英語は今や“国際共通語”。発音が少し違っても、表現が多少シンプルでも、相手に伝われば十分機能します。

例えば、次の二つの文を想像してください。

  1. 完璧な発音でも言いたいことが曖昧な文
  2. 発音にクセがあっても、シンプルで意図が明確な文

実際に話し相手にとって理解しやすいのは、2の方です。
通じる英語は「正確さ」ではなく「伝わりやすさ」で決まる。それが国際社会でのリアルな英語です。

親の不安が子どもの英語への姿勢を左右する

親の不安が子どもの英語への姿勢を左右する

「私の英語は通じないかもしれない」
「発音が悪いと恥ずかしい」
「子どもにはネイティブのように話してほしい」

こうした不安や願望は、自然なものです。しかし、親が強く気にするほど、子どもにもその緊張感は伝わります。

特に幼児期の子どもは、大人の姿勢を敏感に読み取ります。
親が「英語は間違えちゃいけないもの」と感じていると、子どもも「英語は怖いもの」と受け取ってしまいがちです。

逆に、親がこう伝えていればどうでしょう。

「ゆっくりでもいいよ。伝われば大丈夫」
「英語は間違えながら上手になるものだよ」
「お母さん・お父さんも一緒に練習してるよ」

この安心感が、子どもの英語の伸びに大きく影響します。
言語習得の基盤は“挑戦できる環境”です。完璧よりも、チャレンジを肯定する姿勢が鍵になります。

子どもの「通じる英語」を育てるために、今日からできること

1.完璧な文法より、「短くても意味が明確」を大事にする

長くて正しい文より、「I want this. 」「Help me, please. 」のような短い一言が通じる英語の第一歩です。

2.発音は「気になったら直す」程度で十分

子どもが「LとRが…」と細かい壁にぶつかるのはもっと後。
幼児期はまず“英語で発話できること”が大切です。

3.親自身が「完璧じゃなくても話してみる姿」を見せる

「発音に自信がないから子どもには任せる」という親は意外と多いですが、実は逆効果。
子どもは「英語は苦手でも話していいんだ」と理解できる方が成長します。

4.子どもと一緒に英語で遊ぶ

カード遊び、簡単な指示遊び、絵本の音読など、英語を“勉強”ではなく“体験“に変える環境づくりが効果的です。

ネイティブ教師だけが正解ではない

第二言語話者の英語こそ、子どもが「通じる英語」を身につけるヒントが多くあります。
アクセントの違いを知ることは多様性教育にもつながります。

シンガポール:「ネイティブ信仰」がなくても成立する好例

シンガポールという国とその成り立ち

筆者が一時住んでいたシンガポールは、多民族・多言語が共存する社会です。
中国系・マレー系・インド系・ユーラシアンなど、多様な文化背景を持つ人々が暮らし、家庭で使う言語もバラバラ。そんな国でも、公用語として機能しているのが英語です。

特徴的なのは、この英語が「シンガポール英語(シングリッシュ)」と呼ばれる、独特のイントネーションや語彙を含む多様な英語だということ。
つまり、国全体が“ネイティブ英語ではない英語”で生活とビジネスを回しているのです。

もちろん課題もありますが、このモデルが世界的にも注目されている理由は、以下のような成功例があるからです。

異なる母語を持つ人同士でもスムーズにコミュニケーションがとれる

シンガポールでは、学校でも職場でも英語が共通の土台。
アクセントが違っても、文法が多少崩れても、「伝わればOK」という文化が浸透しています。
その結果、「異なる母語を持つ人が共通語で意思疎通する」という、本来とても難しいことが自然と成立しています。

ビジネス環境が世界レベルで整っている

世界中の企業がシンガポールをアジアの拠点に選ぶのは、英語でのビジネスが問題なく行えるからです。
ここで使われる英語は、イギリスやアメリカに特化した“純粋なネイティブ英語”ではありません。
それでも国際会議、取引、契約、研究がスムーズに進みます。

これは、「通じる英語の蓄積」が国の競争力に直結するという強力な証明です。

子どもたちがアクセントの違いに寛容

シンガポールの子どもたちは、学校で違うアクセントの英語に日常的に触れます。
教師もクラスメイトもバックグラウンドが多様なので、 “違う英語を聞き分ける耳”が自然と育つのです。

「英語は一つの正解に収束するものではない」という体験が日常の中で積み重なるため、英語への心理的ハードルも低くなります。

完璧さより「機能するコミュニケーション」が重視される

シンガポールでは、多少クセがあっても英語が使えることが重要視されます。
そのため家庭でも学校でも、間違いを恐れず話す姿勢が尊重される文化があります。
この“好循環”が、国の英語力全体を底上げしています。

シンガポールが示す「英語の本質」

シンガポールの成功事例は、英語が「正しさやネイティブ基準」ではなく「使うことで機能する言語」であることの象徴です。
あの多民族国家で日常生活から最先端ビジネスまで英語が問題なく成立していることは、「通じる英語」の価値そのものを体現しています。

子育てにおいても、この視点はとても大切です。
ネイティブ発音を目指すのではなく、相手とやり取りができる英語を積み重ねることが、将来確実に役立ちます。

「伝える英語」にフォーカスした書籍やメディア

英検準2級プラスのリーディングに役立つ書籍の紹介

【書籍】

  • Understanding English as a Lingua Franca — 英語を“ネイティブのもの”とみなすのではなく、世界中の人が使う「共通語 (Lingua Franca) 」として捉え直す理論や事例を紹介する本。ネイティブ基準から離れても英語は成立する、という考え方を学ぶのにぴったり。
  • English as a Lingua Franca: Attitude and Identity — 英語使用における態度やアイデンティティ(言語文化的背景)について深く考える一冊。発音や「ネイティブらしさ」ではなく、言語を使う人自身のアイデンティティとしての英語を尊重する視点が得られます。
  • English as a Lingua Franca: The Pragmatic Perspective — コミュニケーションの実用性に焦点を当て、「伝わる英語」の重要性を説く理論的な本。流暢さや発音の完璧さより、使う目的に応じた英語のあり方を考える材料になります。
  • World English DVD 1 WORLD ENGLISH INTRO (CLASSROOM DVD) — 映像教材として、いわゆる“標準ネイティブ英語”に縛られず、世界中のさまざまなアクセントや英語の使い方に触れられる教材です。英語を「多様性ある言語」として自然に受け止めるきっかけになります。

【記事/動画メディア】

  • オンライン記事「誤ったネイティブ信仰、アウトプットの重要性とは?」では、ネイティブから学ぶことを前提にしすぎる落とし穴と、実際に英語を使うための「アウトプット重視」の学び直しを提案しています。(ダ・ヴィンチニュース)
  • 最近の記事「英語学習を妨げる“ネイティブ信仰”」では、「ネイティブ=正解」という思い込みが、英語学習の障害になると指摘されています。(note(ノート))
  • また、報道レベルでも、ある言語学者が「英語信仰は壮大なムダ」だと警鐘を鳴らしており、必ずしも英語をネイティブのように話す必要はない――という視点が出ています。(朝日新聞)

なお「動画」という形でのドキュメンタリーや講演は、日本語では「ネイティブ信仰」を主題とするものは多くないようですが、 “英語を lingua franca(国際共通語) として捉える”説明は、英語圏の YouTube 講義や教育動画で見つけやすいと思います。

なぜこれらがおすすめか

  • これらの本や教材は、英語を「ネイティブのみのもの」としてではなく、「多様な人が使う共通語」とみなす考え方 (=English as a Lingua Franca/ELF) に基づいています。
  • 発音やアクセント、ネイティブらしさに囚われず、英語を「伝える道具」として使う自由な姿勢を促します。
  • 特に子どもの英語教育や第二言語としての英語習得を考える際、「このくらいで十分」という心理的なハードルの低さにつながる点が役立ちます。

まとめ

英語教育の本質は、「正しさ」ではなく「伝わった喜び」を積み重ねることにあります。
子どもが英語を好きになる瞬間とは、美しい発音ではなく、「自分の言葉で気持ちが伝わった」と感じたとき。

そのためにも、親が抱える“ネイティブ信仰”や“正しさへのこだわり”を少し手放し、子どもの伸びる力を信じてあげる勇気が必要です。

英語は完璧を目指すものではなく、世界とつながるための道具。
親子で英語を楽しむ環境こそが、子どもの未来につながっていきます。