2019年、日本フェンシング協会会長の太田氏は、今後日本代表の選手設定にあたって国際的な英語試験にある、GTECで、一定の成績を収めることを、日本代表内定の条件とするという発表をしました。なぜスポーツ業界に英語が必要とされているのか、そして、英語試験であるGTECがどのようなものであるか詳しく見ていきたいと思います。

日本代表内定に、英語が必須化された背景

英語検定のスコアを昇進や昇格の条件にしている企業は数多くありますが、スポーツ業界においてトップ選手に英語力を求めるケースはこれまでになく初の試みとなります。スポーツ選手の本分は、試合で勝つことであり、それとは関係がないように思える英語学習を必須化することに対して、当時賛否両論でした。実際にメジャーリーグで活躍した人や大谷翔平は通訳を雇ってコミュニケーションをとっていました。たった一言表現する場合でも、様々なニュアンスを伴った多種多様な表現があり、その細かいところに渡り日本人が理解するのは難しいため、特に多民族国家のアメリカにおいては、専属の通訳を雇ってやりとりをしたほうがいいと言う意見も見られます。そのような中での英語の必須化にはどのような背景があったのでしょうか。
フェンシングは、ヨーロッパ発祥のスポーツであり、多くの競技者は欧米人です。正直なところ日本ではまだまだ浸透が薄い競技です。フェンシングでは主にフランス語が使われておりますが、彼らもまた英語をよく話します。選手だけでなく、コーチや監督、審判も欧米人であり、日本語は話せなくても英語はほとんど話せます。用語なども英語やフランス語由来のものが多いです。フェンシングにおいては、コンマ0.1秒を争う戦いが繰り広げられる中で、審判のジャッジに疑問を抱く場面もかなり多いです。このような背景があるため、ジャッジに対して物言いをつけるには英語力が必要不可欠です。英語力の存在により、有利な方向に持って行けた例は数多くあります。

フェンシングで英語力の必要性を感じるエピソード

2008年、当時現役選手であった太田氏は、3回戦進出を果たした際、世界王者のペーターヨピッヒ選手と対戦することになりました。終盤、太田氏は14対12でリードしており、勝利にはあと1点と言う状況です。その後試合は14対13となりあと1点差に迫られました。しかしこのときのヨピッヒ選手の攻撃は、反則行為とされるものでした。当時の審判はこれを見逃しています。オレグマツェイチュク氏(当時の専属コーチ)はこれは見逃さず、太田氏に審判に対して意見するよう指示しました。意見を説明したところ、これが通り、ヨピッヒ選手は罰則を受け太田氏の勝利が確定しました。マツェイチュク氏は、太田氏が英語を話したからこそこのような指示ができたのです。太田氏も審判との駆け引きにおいては対戦相手に勝つ以上に、不服な時に審判に自分からアピールしに行かなければならない。その際のコミニケーションにおいて日本語しかできないと抗議ができなくなり、試合が不利になってしまうと語っています。フェンシング協会会長の太田氏が英語の必要性をひしひしと感じたからこそ、英語試験の義務化に結びつけたとも言えます。

フェンシング協会の、英語に関する新制度について

選考には、GTEC試験において、世界基準となる言語能力の共通評価CEFRにおいて、A2レベルを獲得することです。CEFRは、外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠のことで、言語の枠や国境を越えて、全く同じ基準で測定が可能な指標のことを表します。A2レベルは、比較的身近な言語を使って日常的な会話をすることができるとされています。これは実用英語技能検定(英検)において準2級クラスに相当する能力です。つまり、選手間やコーチ陣との単純なやりとりは、英語でできるようになることを求めています。この基準を下回った選手には、救済措置のテスト(英会話)が実施され、所定のスコアを超えていればOKとされます。

アスリート選手の、引退後のビジョンについて

会長の太田氏がこのような改革を進めるもう一つの背景には、アスリートの引退後のビジョンが不透明である現状も絡んでいます。これまでスポーツ以外のすべての生活をサポートされていた選手にとっては、食事や洗濯、掃除ですら初めは苦労する場合が多いです。スポーツにのみ深く関わってきたため、いきなりスポーツ以外に目を向けて生活をしろと言われても苦しいのです。また社会で使えるコンピュータースキル、ITスキルなどを持ち合わせていない場合が多く、就職すらままならない、生活に不自由してしまうと言う場合もあります。
日本フェンシング協会は、athlete future first(アスリートの未来が第一)と言うビジョンを掲げており、フェンシングをする選手にとって引退後のキャリア形成の面でも英語をスキルにしてもらい、サポートしていくという姿勢があります。引退後もフェンシング協会に携わる場合、選手層のメインが欧米人であることから引き続き多くの場面で英語が求められます。一方そうでない場合も、フェンシング以外のスキルをあまり持ち合わせていない選手にとってはビジネスをする上でかなり不利に働いてしまいます。英語ができるだけで、世界規模でコミニケーションが取れるため企業からの需要も高く、華々しいセカンドキャリアを送るための一つの道筋となります。欧米主流のスポーツであるため、欧米メディアのフェンシング中継の解説者になるというキャリアも見えてきます。もちろんスポーツ選手の華々しいセカンドキャリアには英語力だけではなく、コーチなどの指示に頼らず自分で行動を起こせる思考力など、数多くあります。マイナースポーツが抱える共通の問題ですが、それでも日本フェンシング協会は真っ先にその問題に対して向き合っており、そのための1つの解決策が選手に英語力をつけさせると言うことなのです。

導入されるGTECの特徴について

日本代表の選手の内定に使用される英語試験のGTECとはどのような試験なのでしょうか。GTECは民間の教育会社ベネッセが実施する英語試験です。この試験は、日本の学習指導要領を念頭において問題が作成されるため、TOEICなどの他の英語資格試験より日本人が問題になじみやすいとされています。また年間の受験者数は100万人を超えており、多くの大学や短期大学の推薦入試、AO入試などで幅広く活用されています。
具体的には、主要な国公立大学や私立大学でGTECの提出を義務化する、英語外部試験のスコアを大学入試の得点とする、スコアに応じて試験当日の得点に加点するなどといった措置がとられています。2019年度まで大学入学試験に使われていたセンター試験では、リーディングが8割、リスニングが2割の割合で出題され英語力の測定に必要とされるいわゆる4技能の中でも、リーディングへの偏りが非常に大きいものでした。またスピーキングとライティングについては測定ができず各大学ごとの二次試験などの独自の入試に委ねられています。GTECは4技能の全てにおいて試験があるため、バランスよく技能を図ることができるといえます。各文法の項目ごとに合わせて、例文を通して学ぶ学習法もかなり有効に働くといえます。
上級者向けの試験であるTOEFLに比べると受験料が安いと言う特徴もあります。なお一般社会における試験の価値という面においては、GTECは日本向けである、ビジネスに特化していないなどの理由から、TOEICやTOEFLの方が軍配が上がります。

英語におけるスポーツの重要性

フェンシングに限らず、スポーツ界において、『本場』とされるスポーツが日本なのは柔道などの武道くらいです。強い選手との交流を図り、自分への刺激や勉強に結びつけていくには英語は欠かせません。ヨーロッパ系の言語を話す者は英語との差異が少ないこともあり、英語と母国語のバイリンガルになっているケースが多く、そういった意味でも国際語の英語を勉強する価値はスポーツ選手にとっても重要なものといえます。