アメリカ合衆国にあるチャコ文化国立歴史公園(Chaco Culture National Historical Park)は、1987年にユネスコの世界文化遺産に登録された貴重な遺跡群です。約1000年前のアメリカ先住民の生活の跡が確認されるこの場所にはどのような歴史があるのでしょうか?この記事ではチャコ文化国立歴史公園が世界遺産に登録されるまでの歴史を英語とともに解説します。
チャコ文化とは?
チャコ文化とは、およそ西暦900年から1150年ごろにかけて、現在のニューメキシコ州北西部で栄えた古代文明を指します。チャコ・キャニオンと呼ばれる地域には、サン・ファン盆地を中心に、天体の動きを含め緻密に設計された巨大な「グレート・ハウス」が数多く建設されました。グレート・ハウスとは祭祀を行う建物のことです。
その規模と精巧さから、チャコ文化は単なる村落ではなく、宗教や天文学の中心地だったと考えられています。
地理的特徴:アメリカ南西部の秘境

チャコ文化が栄えたチャコキャニオン(Chaco Canyon)は、アメリカ合衆国ニューメキシコ州北西部、サン・ファン盆地の中に位置し、コロラド高原の一角に広がる雄大な谷です。この地形は、古代の人々にとって生活と信仰の両面で重要な意味を持っていました。
周囲の山地と豊かな自然資源
チャコキャニオンは以下のような山々に囲まれた地形にあります:
- 西側:チュスカ山地(Chuska Mountains)
- 北側:サン・ファン山地(San Juan Mountains)
- 東側:サン・ペドロ山地(San Pedro Mountains)
これらの山地から、古代の住民たちはオーク(樫)、ピニョンマツ、ポンデローサ松といった樹木を得て、建築用の木材や燃料、食料など、生活に不可欠な資源を確保していました。
渓谷とメサの構成:自然の要塞
チャコキャニオンは北西から南東へと流れる谷で、砂丘や岩山の尾根に囲まれています。周囲には「メサ(Mesa)」と呼ばれる頂部が平らな巨大な岩山が点在し、特に南西のRinconsと呼ばれる崖面は大きく開けており、自然の防壁としての役割も果たしていました。
谷の崖と崖の間はろうと状の地形になっており、風や雨による侵食が進みやすい特徴があります。こうした過酷な自然環境に適応しながら、チャコ文化の人々は巧みに集落を形成していきました。
標高と水の確保
主要なチャコの集落—プエブロ・ボニート、ヌエボ・アルト、キン・クレトソなど—は、標高1,890mから1,963mの範囲に位置しています。谷底は1kmあたり6mの傾斜で北東方向へゆるやかに傾斜しており、水の自然な流れを形成していました。
しかし、この地の最大の課題は水の確保です。チャコキャニオンの地下には帯水層が存在しますが、非常に深いため、当時の技術では掘り当てることは困難でした。そのため、人々はごくわずかな浅い泉や一時的な豪雨による小川の流れに頼って生活していました。事実上、地表水の供給はほとんど皆無だったのです。
それにもかかわらず、チャコ文化の人々はこの厳しい自然条件の中で、建築、農耕、宗教活動を統合した高度な社会を築き上げました。
チャコキャニオンの気候:乾燥と過酷さのなかで生き抜いた古代文明
チャコ文化国立歴史公園があるチャコキャニオンは、極めて乾燥した気候を特徴とする地域です。その気候条件は、古代のチャコ人たちの生活様式や都市設計、農業に大きな影響を与えました。
年間降水量はわずか200ミリ:乾燥の極み
チャコキャニオンは、年間降水量が平均200ミリ以下という非常に乾燥したエリアです。記録上最も多かった年でもわずか231.1ミリであり、これは典型的な半砂漠気候(ステップ気候)に該当します。
この少雨の原因は、チャコキャニオンが南や西の山脈の風下にあたる、いわゆる「雨の陰」と呼ばれる地域に位置しているためです。山を越える際に、雨雲は標高の高い場所で雨を降らせてしまい、その後に風下にあたるチャコキャニオンに到達するときには、ほとんど水分を含んでいない状態になっているのです。
季節変動と極端な気象条件
チャコキャニオンにも四季の変化はありますが、降水量のピークは7月から9月にかけてのモンスーン期で、それ以外の期間は極端に乾燥します。特に5月から6月は、もっとも乾燥が進む季節です。
気温の変化も激しく、年間を通して氷点下39度から摂氏39度という、80度近い寒暖差が記録されています。霜が降りない日数は150日にも満たないため、農業を行うには工夫と知恵が不可欠でした。
エル・ニーニョの影響と気候変動
チャコキャニオンの気候はエル・ニーニョ現象の影響も受けやすく、ある年は比較的雨が降るものの、数年にわたって極端な干ばつに見舞われることもあります。こうした気候変動は、古代のチャコ社会にとっても水管理や作物の栽培方法、居住地の選定など、生活全体に深く関わっていました。
遺跡の詳細:チャコ文明の痕跡をたどる

チャコキャニオンには数多くの石造りの遺跡群が広がっており、現在ではその多くが整備されたチャコ文化国立歴史公園の一部として保護されています。特に重要な遺跡には以下のようなものがあります。
プエブロ・ボニート(Pueblo Bonito)
チャコ文化の中心的な建物であり、およそ650の部屋と36のキヴァ(儀式用の建物)を備える巨大な構造物です。最大で4階建てに及ぶその姿は、ローマのコロッセオとほぼ同じくらいの大きさでした。
建物の配置は天体の動きに合わせて精密に設計されており、特定の日に特定の場所に太陽光が差し込む構造は、チャコ文化の高度な天文学知識を裏付けるものです。
シェトロ・ケトル(Chetro Ketl)
プエブロ・ボニートに次ぐ規模の建物で、儀式のための大キヴァを中心に建てられた宗教施設です。近くに古代の道路やダムの痕跡があり、当時の灌漑システムの存在を示しています。
カサ・リンコナーダ(Casa Rinconada)
チャコ・キャニオンから独立して存在している建物で、この地域最大のキヴァです。様々な装飾品や陶器が発掘されています。
宗教と天文学の中心地
チャコ文化の人々は、太陽や月、星の動きを重要視し、それに基づいて儀式や農耕のスケジュールを立てていました。チャコ・キャニオンには、差し込んだ太陽の光が短剣のように見える、「太陽の短刀(Sun Dagger)」と呼ばれる岩絵があり、夏至になるとその渦巻き模様の真ん中に太陽の短剣刀が映し出されるようにその絵が刻まれています。
また、チャコ・キャニオンの建物の多くは、天体観測によって太陽や月の周期がその設計に組み込まれていたと言われています。
このように、チャコ文化は科学的知識と信仰が深く結びついた文明だったのです。
チャコ文化国立歴史公園としての保護
1907年にアメリカ政府によって国家記念物に指定されたこの地域は、後にチャコ文化国立歴史公園として整備され、考古学的調査や保存活動が行われています。そして1987年には、歴史的・文化的価値が高く評価され、ユネスコの世界遺産に登録されました。
チャコ文化を英語で解説
- Chaco Culture: The culture of an ancient group of people in northwest New Mexico (around 900-1150 AD). They built big, planned “Great Houses” for special events in Chaco Canyon.
(チャコ文化:ニューメキシコ州北西部に西暦900年~1150年頃に存在していた人々の文化です。チャコ・キャニオンに、特別な儀式のために「グレート・ハウス」を建てました。) - Location: Chaco Canyon is in the northwest part of New Mexico, in a flat area called the San Juan Basin. It has mountains all around it (Chuska, San Juan, San Pedro).
(場所:チャコ・キャニオンはニューメキシコ州の北西部にあり、サンファン盆地という平らな場所にあります。周りには山々「チュスカ、サンファン、サンペドロ」があります。) - Climate: It rains the most from July to September. The rest of the time, it is very dry, especially in May and June.
(気候:7月から9月に一番雨が降ります。それ以外の時期、特に5月と6月はとても乾燥しています。) - Pueblo Bonito: This is the main building of the Chaco Culture. It is huge, with about 650 rooms and 36 kivas.
(プエブロ・ボニート:チャコ文化の主要な建物です。巨大で、約650の部屋と36のキヴァがあります。) - Chetro Ketl: This building is the second biggest after Pueblo Bonito. It was a religious place built around a large kiva for ceremonies.
(シェトロ・ケトル:この建物はプエブロ・ボニートに次いで2番目に大きなものです。儀式のための大きなキヴァを中心に建てられた宗教的な場所でした。)
Near it, people have found old roads and signs of dams, which shows they had ways to bring water to their fields.
(その近くで、人々は古い道やダムの跡を発見しており、彼らが畑に水を引く方法を持っていたことを示しています。)
参考:Wikipedia
まとめ
チャコ文化国立歴史公園は、アメリカ合衆国が誇る先住民文明の原点ともいえる遺産です。壮大な遺跡と星空に包まれたこの場所を訪れれば、過去と現在が静かに交差する神秘的な時間を体験できることでしょう。

