エジプト神話に登場する「アヌビス(Anubis)」は、冥界の神・死者の守護者として非常に有名な存在です。アフリカンゴールデンウルフの頭を持つ神として描かれるアヌビスは、ミイラ作りの守護神でもあり、死者の魂の導き手として信仰されてきました。本記事では、「アヌビス 神話」をテーマに、彼の起源、役割、家系、代表的な神話エピソードをわかりやすくまとめ、英語を交えて紹介します。
アヌビスとは? ― 冥界とミイラの守護神
アヌビスは古代エジプト神話における冥界と死の神であり、死者の魂を導く「案内者(サイコポンプ)」としての役割を持ちます。黒いジャッカルの頭を持つ姿で描かれることが多く、これは墓を荒らす動物であるジャッカルが死と結びつけられていたためです。しかし、現在ではジャッカルよりオオカミに近い姿をしていたと考えられており、改めて、アフリカンゴールデンウルフの頭部を持つ神と定められています。頭部が黒いのはミイラの製造時に防腐処理のために遺体に黒いタールを塗り込むので、それに関連していると考えられたからです。
アヌビスの主な特徴と役割は以下の通りです:
- 死者の魂を冥界へ導く
- 心臓の重さを量る「審判の儀式」の補佐
- ミイラ作りの守護神
- 墓地と埋葬の神聖さを守る存在
アヌビスの起源と家族関係
アヌビスの出自にはいくつかの異説がありますが、広く知られている説では、アヌビスは冥界の神オシリスと葬祭の女神ネフティスの子とされています。しかし、ネフティスはオシリスの弟・セトの妻であったため、アヌビスが生まれた後はイシスが育ての母となったとも伝えられています。
- 父:オシリス(冥界の神)
- 母:ネフティス(葬祭の女神)
- 育ての母:イシス(豊穣の女神)
このように、アヌビスは神々の中でも特に「死」と「再生」に関わる重要な存在として位置づけられています。
アヌビスにまつわる神話エピソード
特に「死」に関わりの深いアヌビスですが、具体的にどのようなエピソードがあるのかを見てみましょう。
ミイラ作りの始まり ― オシリスの復活
アヌビスが最も重要な役割を果たした神話が、オシリスの死と復活の物語です。
ミイラ作りが始まった背景には、オシリス信仰の原型があったからです。オシリスは元々植物の神であったとされています。乾燥し大地が干からびると植物は死に、ナイル川が氾濫すると、荒れ果てた土地に水が引かれ植物が再び芽吹くのでした。オシリスはその植物の死と再生を象徴する神として自らの再生を望みました。
あるときオシリスは弟セトによって殺され、体をバラバラにされてナイル川に投げ込まれます。イシスとネフティスはオシリスの身体を集め、アヌビスはその遺体を丁寧に防腐処理し、ミイラとして復元しました。
この行為が、エジプト神話における「ミイラ作りの起源」とされており、アヌビスは以後「ミイラ作りの神」として広く信仰されることになります。
英語での説明
- One day, Osiris was killed by his brother Set, who cut his body into pieces and threw them into the Nile River.
(あるときオシリスは弟セトによって殺され、体をバラバラにされてナイル川に投げ込まれます。) - Isis and Nephthys gathered Osiris’ body parts, and Anubis carefully preserved the body and put it back together as a mummy.
(イシスとネフティスはオシリスの身体を集め、アヌビスはその遺体を丁寧に防腐処理し、ミイラとして復元しました。) - This act is said to be the “origin of making mummies” in Egyptian mythology, and Anubis was widely worshiped as the “god of mummification” after that.
(この行為が、エジプト神話における「ミイラ作りの起源」とされており、アヌビスは以後「ミイラ作りの神」として広く信仰されることになります。)
死者の審判 ― 心臓の秤量
アヌビスは冥界での審判において、死者の心臓と「マアトの羽根(真理の象徴)」を天秤にかける儀式に関わる重要な神でもあります。この儀式では、心臓が羽根より重ければ死者はアメミット(怪物)に食われ、軽ければオシリスの楽園「永遠の命」へと導かれます。
アヌビスはこの秤量の場面で審判を公正に行うための監視役・補佐役として登場します。死者の道徳性を見極める役目を担う神として、彼の姿はその天秤とともに数多くの墓や神殿に描かれました。
英語での説明
- Anubis was also a key god in the judgment of the dead in the underworld, involved in the ceremony of weighing the heart against the “Feather of Ma’at” (symbol of truth).
(アヌビスは冥界での審判において、死者の心臓と「マアトの羽根(真理の象徴)」を天秤にかける儀式に関わる重要な神でもあります。) - Anubis appeared in this weighing scene as a watcher and helper to make sure the judgment was fair.
(アヌビスはこの秤量の場面で審判を公正に行うための監視役・補佐役として登場します。)
アヌビスと他の神々との関係
アヌビスは他の神々とも深い関わりがあります。その中でも関わりの深い神話やエピソードを紹介します。
オシリスとの関係:父の死を弔い、冥界への道を築いた息子
オシリスが弟セトの策略によって命を落とした後、アヌビスはその遺体を丁寧にミイラ化し、神聖な埋葬の儀式を行いました。この行為は、のちのエジプトにおけるミイラ作りの起源とされ、アヌビスは「ミイラづくりの神」「死者の守護者」としての役割を確立しました。
イシスとの関係:育ての母であり、儀式の協力者
アヌビスはオシリスとネフティスの間に生まれたとされますが、ネフティスは夫セトにその事実を隠すため、アヌビスを置き去りにします。
その赤子を拾って育てたのが、オシリスの妻である女神イシスです。つまりアヌビスにとって、イシスは育ての母でもありました。
また、オシリスの死後、イシスとアヌビスは共に彼の遺体を復元し、ミイラ化するために協力しました。
セトとの関係:父の仇としての対立関係
アヌビスにとって、セトは父オシリスを殺した仇敵にあたります。セトはオシリスの地位を奪うために策略をめぐらし、オシリスを騙して殺害し、遺体を切断して各地にばらまきました。
この行為に対し、アヌビスは怒りを覚え、セトとは明確に敵対する立場となります。
また、後の神話ではオシリスの息子であるホルスとセトの戦いにおいて、アヌビスはホルス側に味方する姿勢を見せ、正義・秩序の維持者として行動します。彼の冷静で公正な立場は、セトの混沌的な性格と対照的です。
トートとの関係:死者の審判を担うパートナー
アヌビスは「死者の審判」において、特に重要な役割を持っています。
死者は冥界でオシリスの前に進み出る前に、自らの心臓を「真理の羽」と呼ばれるマアトの羽根と秤にかけて量られる試練(秤量の儀式)を受けます。
このとき、アヌビスが秤を操作する役を担い、死者の魂が正義に値するかを測ります。
その結果を記録するのが知恵と記録の神トートです。トートはすべての出来事を正確に書き記し、裁きの正当性を保障します。
アヌビスとトートのコンビネーションは、死後の審判における秩序と客観性の象徴であり、エジプト神話における司法制度の神聖なモデルとされています。
このように、アヌビスはエジプト神話の中で多くの神々と関わりながら、冥界での秩序を保つ重要な役割を担っていました。
アヌビスの信仰と現代への影響
アヌビスは死神的な印象を与えますが、実のところは「死後の安全を守る神」として個人信仰の対象になっていました。
まとめ:冥界の守護神アヌビスの魅力
アヌビスは、死と再生の狭間に立つ存在であり、死者にとって最も頼りになる神の一柱です。アフリカンゴールデンウルフの頭というインパクトのある姿と、死後の世界を導く役割により、今もなお人々を魅了し続けています。
エジプト神話に興味がある方は、まずアヌビスを知ることで、死生観や古代エジプト人の信仰の深さを垣間見ることができるでしょう。
参考記事:Wikipedia